野球やサッカー、水泳にバレーボール……。さまざまなスポーツ経験者が集まる競輪の世界。
中高生から自転車競技で活躍していた選手もいれば、会社員から転身した競輪選手もいます。

そんな中、129回生の齊藤宏樹候補生も、吹奏楽部から競輪に転向した異色の経歴を持つ候補生のひとり。
スポーツよりも楽器に触れている時間が長かった彼が、なぜ競輪選手を志すようになったのか伺いました。

どのスポーツもハマらず吹奏楽の道へ

齊藤宏樹

Q:学生時代は長い間、吹奏楽をやっていたそうですが、そのきっかけは?

自分の両親は元々、僕にスポーツをやらせたくて、色々なスポーツを体験させてもらったんです。ゴルフなど子供には珍しいスポーツにも連れて行ってもらいました。でも球技は上手くできず、陸上をやらせればバタバタバタっと走る感じで向いていなくて、水泳においては体験教室で溺れて1日で辞めさせられてしまったり、どれも全然ダメだったんです。

そんななかで、他の習い事を探していた時に出会ったのが吹奏楽団でした。体験会のパンフレットを見て、行ってみたら楽しくて、そこからずっと吹奏楽をやっていました。

Q:吹奏楽はどのくらいやられていたのですか?

僕は東京都・渋谷区出身なのですが、小学校には部活がなかったので「渋谷区青少年吹奏楽団」というところに小学校6年間と中学まで所属していました。中学校からは兼任する形で学校の吹奏楽部にも。高校生になると自転車部に入ったので、一旦吹奏楽から離れていたのですが、コロナが流行る大学1、2年までは、また吹奏楽部に所属していました。

Q:ちなみにどんな楽器を演奏されていたのですか?

小学校3年生までは金管楽器のユーフォニアムを、4年生から中学はサクソフォンをやっていました。基本はアルトサックスだったのですが、人数が少なかったのでアルトもテナーもソプラノも全部やっていましたね。大学ではホルンを担当して、マーチングで動きながら演奏もしていました。

Q:競輪選手候補生としては、かなり異色な印象を受けます。音楽の道を志そうとは思わなかったのですか?

楽団の先生が褒め上手だったこともあって、“将来は音大に行きたい”と思っていました。ずっと音楽を続けていきたいなって。でも段々ともっと上手い人がたくさんいることを知って、仕事としてではなく、自分が楽しく演奏できればいいかなと思うようになりました。

自転車との出会いは『弱虫ペダル』

齊藤宏樹

Q:中学まで吹奏楽ばかりやっていた中、高校生で自転車部に入ったのはなぜでしょうか?

自分が中学生くらいの時に『弱虫ペダル』というアニメがやっていて、それを見たのがきっかけです。スポーツが苦手な主人公が自転車で活躍するストーリーで、僕も体を動かすことは好きだったんですけどスポーツ経験がなかったので、自転車だったら自分でもいけるんじゃないかと思って。
そこで自転車部のある高校を探して、日本大学豊山高等学校に進学しました。

Q:では最初はトラックよりもロードをやりたかった?

そうです。主人公の小野田坂道くんみたいにロードでインターハイに出たいなと思っていたんです。でも自分は体が大きいので、全然登りで進めなくてロードが向いていませんでした。
そんな時に、顧問の先生からトラック競技の存在を教えてもらって、走ってみたら楽しくて、トラック競技の方にハマっていきました。

Q:高校生の時は、自転車の大会などにも出場されていましたか?

ケイリンを主にやっていたのですが、当時あまり目立った成積は残せていません。高校3年生の時、インターハイのケイリンで2回戦に出場したくらいですかね。

一旦、自転車から離れよう

齊藤宏樹, 第1回トーナメント競走, 日本競輪選手養成所(JIK), 第129・130回生

Q:高校で自転車部に進んだにも関わらず、大学でなぜまた吹奏楽に戻ったのですか?

付属校だったのでそのまま日本大学に進学するつもりだったのですが、日大の自転車部は名門で、ナショナルチームの選手やアジア選手権に出場した選手も所属しているんです。なので、日本大学豊山高等学校の自転車部だったとしても、内部のテストを受けないと入部できませんでした。

当時の僕は、大会で入賞したり、大きな結果を残せたわけじゃないので、日大の自転車部に入っても、おそらくついていけないだろうなと思いました。
高校3年間頑張ったし、ちょっと一旦自転車から離れようと思って、元々経験があった吹奏楽部に入部しました。

Q:大学に入ってからは、自転車には完全に乗らなくなったのでしょうか?

高校がかなり体育会系だった分、大学では自転車を部活としてがっつりやるのはやめようと思っていました。でも自転車競技自体はすごく好きだったので、趣味としてやれればいいなと思って。
その頃はがっつりプロを目指すことなどは考えていませんでしたが、ちょっとしたレースで勝てたらいいなくらいの気持ちで乗り続けてはいました。

好きな自転車をもっと広めたい

齊藤宏樹

Q:日本競輪選手養成所を初めて受験したのは、大学卒業の翌年だったそうですが、それまでに就職などは考えましたか?

いえ、就職活動のタイミングでは既に競輪選手を志していたので、就職は考えていなかったです。

趣味としてずっと自転車を続けていると、さらにどんどん好きになっていくんですよね。
そこで、競技人口の少ない自転車競技をもっと広めたいと思って、自分で大会を主催したりしていたんですけど、自分がプロの競輪選手になって活躍したらもっと大会を大きくできるんじゃないかなと思って、大学3年生くらいの頃から競輪選手を目指し始めました。

Q:自分で大会まで開催するとは、すごい行動力ですね。

大学生が部活で出場するのであれば大会も多いのですが、趣味だと出られる大会の数が少ないんです。参加人数も
少ないので、、予選なしの1発決勝戦になるとか。それだとつまらないなと思って、自分の入っていたショップのクラブチームに自転車競技者向けのプロテイン会社などを紹介してもらって「自転車競技者向けの本当に楽しめる大会を開きたいので、一緒にやってくれませんか」と売り込んで、色々な人に協力してもらって開催することができました。

Q:参加者は、どのくらい集まりましたか?

山梨の境川自転車競輪場でやったのですが、50〜60人くらい集まりましたよ。大きい実業団の大会でも50〜60人集まることはなかなかレアなので、アマチュアの大会でこの人数を集めるのはものすごく大変でした。

『ACTIVIKE杯』という大会名で、トラックレースを中心に、多い時には2ヶ月に1回くらい開催していたのですが、県〜関東規模の大会になっていました。もっと全国で、開催数も増やしたいと思った時に、自分がプロになって活躍すれば、大会のネームバリューも上がるかなと思いました。

4回目でようやく掴んだ切符

齊藤宏樹

インタビューに備えて、喋ることをまとめたノートを用意していただいていました

Q:大学卒業後、競輪選手を目指すと決めたことに家族の反対などはなかったですか?

心配はされましたね。両親は自転車の大会を何度か見に来てくれていましたが、華々しく優勝した姿を見たことはなかったですし、そもそも全然スポーツができない子というイメージを持っていたと思います(笑)。

なので、「プロ選手は無理じゃないか」と反対されていましたが、自分が大会を主催していることも知って、2年目、3年目になるにつれて応援してくれるようになりました。

Q:養成所に入るまでの練習は、どのようにされてましたか?

最初の1年くらいは、東京都の国体チームの伝手を頼ったり、西武園競輪場で飯田義広さん(東京・44期/2012年引退)に練習を見てもらったりしていました。その後は、松戸競輪場に行って市川健太さん(東京・82期)と練習させてもらっていました。

Q:養成所に合格するまで4年ほどかかりましたが、途中で心が折れたりしませんでしたか?

競技では結果が出せていませんでしたし、タイムも全然上がらなくて、諦めそうになる瞬間は何度もありました。

でも自分で大会を主催していると、自転車競技者の知り合いが増えていって、アマチュアの選手たち皆んなが「早くプロになってよ。プロになったら絶対に観にいくから」って本当に応援してくれて。

練習も一緒にしてくれたり、これからも一緒にやろうって声をかけてくれて、仲間たちの応援がすごく支えになりました。“絶対にプロになって、この人たちを喜ばせるぞ”っていう気持ちが大きかったです。

齊藤宏樹, 第1回記録会, 日本競輪選手養成所(JIK), 第129・130回生

Q:練習を重ねていく中で、実力がついてきているなという実感はありましたか?

少しずつではあるんですけど、着実に力がついてきているなという感覚はありました。でも養成所の試験もレベルが上がっているので、自分の成長で追いつけるのかなという不安もありました。

4回目でなんとか勝ち取ることができましたが、養成所に入ってからも周りがめちゃくちゃレベルが高くて圧倒されています。

Q:養成所合格を目指している期間や、入所してから苦労している点はありますか?

そうですね。趣味で自転車に乗り続けていたとはいえ、選手を志した最初の方は高校生の時よりも全然遅いタイムになってしまっていたので、タイムを持ち直すのに苦労しました。

養成所に入った今も、ものすごいレベルの高いレースにこれまで出た経験がなかったので、レースにおける勘や立ち回りにおいて、経験豊富な候補生とのレベルの差を感じることはあります。

自転車も1人じゃできない

齊藤宏樹, 佐藤凱王, 大村涼兼, 松木一将, 篠原輝利, 財満伊織, 松田祥位, 中西将太郎, 松本悠平, 第1回トーナメント競走, 日本競輪選手養成所(JIK), 第129・130回生

Q:他の候補生と比べて自転車競技以外の経験は豊富なように思いますが、自転車競技1本ではなかったからこそ、今に活きていると感じる点はありますか?

吹奏楽では、めちゃくちゃ上手くてプロを目指している人、自分が楽しめることに主軸を置く人、色々な人がいて全員で1つの曲を作り上げています。

自転車は基本的に個人でやるものですが、練習仲間がいないと何もできないですし、1人で練習するのはなかなか難しい。様々な人がいる中で、自分の目標をしっかりと持って、そこに向かって取り組んでいくという点では、競輪も吹奏楽も共通していると思います。

Q:なるほど。吹奏楽で色んな人と関わってきた経験が、今にもつながっていそうですね。

そうですね。吹奏楽って、自分が楽しむのももちろんですが芸術であって、観客に楽しんでもらうものなんです。そういう精神が競輪においても僕の中では大きいかなと思っています。自分がいい走りをしたら、お客さんも楽しんでもらえると思うので、競輪にもエンターテイメント性がありますよね。

デビュー後は一番シティな競輪選手⁉︎

齊藤宏樹, 第1回記録会, 日本競輪選手養成所(JIK), 第129・130回生

Q:間も無く卒業の時期を迎えますが、どんな競輪選手になりたいですか?

全力でしっかり頑張った上で、魅力あるレースをして、一番応援される選手になりたいと思っています。

Q:ちなみに、先ほど渋谷区出身とおっしゃっていましたが、どのあたりなのでしょうか?

表参道が最寄駅です。

Q:……養成所の環境はいかがでしょうか?

星が綺麗ですね(笑)。

Q:デビュー後も、そこを拠点に?

そうですね。東京所属でホームバンクは松戸競輪場予定なので、表参道から通いたいなと思っています(笑)。
都心から地方に行くのって、朝だと結構空いているので座れたりするんですよ。

Q:デビュー後にヤンググランプリを取ったり、大活躍する選手になったら、ぜひ表参道駅で競輪の格好をした状態で写真を撮らせてください(笑)。ここまで都心に住んでいる競輪選手はなかなかいないと思います。

はい。多分、昔からおじいちゃん達が住んでいただけだと思うんですけど、実家の立地には感謝ですよね(笑)。

Q:プロになっても、競技や主催していた大会は続けていくつもりですか?

そうですね。僕の競輪の原点には競技で繋がった仲間の存在があるので、また競技の仲間と一緒に何かやれる機会があったらやりたいなと思っています。

主催していた大会については、もちろんやります。自分のモチベーションは“自転車競技を広げる”っていうところなので、卒業後は大会や競輪を通して競技の良さを伝えられたらいいなと思います。

齊藤宏樹

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