「自転車の経験がないけれど、競輪選手にチャレンジしたい」そんな方を主な対象としているのが、日本競輪選手養成所の「適性試験」。

実際に受験を考え始めると「自分の経歴で通用するのか?」「周囲に反対されたらどうしよう」など、不安は尽きないもの。
先輩たちは実際のところ、どうだったのでしょうか? 今回は2026年に適性試験で入所した第131・132回生16人に実施したアンケートをご紹介します。

回答を読み解いていくと、先輩たちが「検討から受験まで」に辿った道のりには、共通するいくつかのパターンがあることが見えてきました。本記事では、その中でも特にこれから受験を考える方のヒントになりそうな2つをご紹介します。

  1. 適性組の正体は「未経験者」ではなく「競技の乗り換え組」
  2. 競輪を「知っていた」人は多い。でも「自分の道」だとは思っていなかった

適性組の正体は「未経験者」ではなく「競技の乗り換え組」

まず大前提として、適性試験で入所した候補生は「スポーツをやってこなかった人」ではありません。むしろその逆で、別の競技に本気で打ち込んできたアスリートたちです。

これまでの競技経歴で最も多かったのは「陸上(5人)」。中でもやり投げ経験者が2人おり、分野は違えど「しっかり身体を作ってきた競技」の出身者が目立ちます。

Q.競輪以外で、これまで本格的に取り組んだ競技について教えてください。

さらに、全国大会出場や都道府県大会上位の実績を持つ人は全体の69%(11人)。ハンドボールでパリオリンピック世界最終予選グループ3位の菊池杏菜候補生や、競泳で日本学生選手権6位の武田弥己候補生など、トップレベルの経歴を持つ候補生もいます。

競輪を「知っていた」人は多い。でも「自分の道」だとは思っていなかった

意外な発見だったのが、こちらの回答。「身近に競輪の話をする人・競輪好きな人がいた」と答えた候補生は72%にのぼる一方、「幼少期の自分にとって競輪は身近だったか」には75%が「身近ではなかった」と回答しています。

Q.最初に競輪選手・養成所を「進路候補として検討し始めた」主なきっかけを教えてください。(最も近いもの1つ)

今この記事を読んでいるあなたも、もしかすると同じ入口に立っているのかもしれません。「競輪は知っているけど、自分とは関係ないと思っていた」——先輩たちも、最初はそこからのスタートでした。

▼函館「スターライトプロジェクト」の紹介記事

競輪選手への道、はじめの一歩/スターライトプロジェクト@函館競輪場

Q.応募を決めた「最大の決め手」を教えてください。(最も近いもの1つ)

適性試験の受験者には、競輪を「セカンドキャリア」として選ぶ人が多くいます。天秤にかけた進路も「一般就職」「大学進学」「家業」「元の競技を続ける」「消防」など実にさまざま。それでも競輪を選んだ背景には、「いつかなりたい」ではなく「今決めないと、この選択肢は消える」のような、チャンスを掴もうとする覚悟がありました。

なお、「その他」として「合格者成績を見て自信を持った」の回答も寄せられました。

▼合格者成績のページはこちら

入所試験合格者成績

「年齢的に、もうぐずぐずしていられない」という状況も、決断の大きな要素となっているようです。

とはいえ、適性試験は「一度で合格しなければ終わり」という試験ではありません。実際には複数回の受験を経て合格する人もいます。中には適性試験に挑戦したのち、技能試験に切り替えて合格を掴んだ人もいます。

▼適性試験から技能試験に切り替えて合格した候補生のインタビューはコチラ

【技能試験という選択肢】「より高みを目指すには」129回生・大村涼兼候補生インタビュー

【技能試験という選択肢】2度の不合格と大怪我を乗り越えて 130回生・吉田恵利候補生インタビュー

大切なのは、迷い続けることではなく、まず近くの愛好会に行ってみたり、身近に知り合いがいれば話を聞いてみたりするなど、挑戦の一歩を踏み出すこと。動き出すことで、自分の現在地が見えてくるでしょう。

おわりに——先輩たちも、同じ場所に立っていた

16人の回答をつなぐと、一つのストーリーが浮かび上がります。

別の競技に本気で打ち込んできたアスリートが、ホームページやSNSで競輪を初めて「自分の道」として意識し、選手の生の声で不安を解消し、「今しかない」と腹を括る。

競輪選手や適性試験に興味を持っていただけたら、まずは公式サイトのチェックや、各種SNSのフォローからスタートしてみてください。

次回、「受験から事前入所期間」編では、受験を決めた先輩たちが合格発表までの間どんな準備をして、どう乗り越えたのか?をご紹介していきます。