【JIK合格体験記】再び立ち上がり、合格をつかむまで【男子候補生・後編】

練習の手応えはある。それでも試験に落ちてしまったら、もう1度挑戦する気持ちをどうやって取り戻せばいいのでしょうか。
日本競輪選手養成所第131回生の松尾元気候補生、中畑新之介候補生、浜地飛有哉候補生による対談。技能試験5回、技能試験4回、適性試験2回と、それぞれ複数回の受験を経て合格した3人に、前編では志望のきっかけや練習の工夫を聞きました。
後編では、不合格の後に訪れた迷い、練習のスケジュール、そして本番で自分の力を発揮するために大切にしたことを語ってもらいます。
不合格から再起するまでにあった支え

Q:合格までの過程で、特に苦しかったのはどんな時でしたか。
中畑:3回目の試験に落ちた時です。受験前の記録会では1000mで1分10秒を切るタイムが出ていて、受かると思っていました。ともに練習していた仲間のなかで記録会で1分10秒を切るタイムを出して不合格だったのは自分だけだったので、より落ち込んでしまいました。
落ちてからは、「明日は何をすればいいんだろう」「練習に行かなくていいのかな」という気持ちでした。とにかく何もやる気が出なくて、1週間くらい、その状態が続きました。
Q:そこから、もう1度再起できたのは、何がきっかけだったのでしょうか。
中畑:1週間くらい経って、1度、競輪場に行ってみようと思ったんです。いろいろな人と話して、「せっかく受かりそうなタイムが出ているんだから、もう1年だけやってみたら」と言ってもらいました。その時に、とりあえず自転車に乗ってみたら、やっぱり競輪選手を目指したいと思いました。今まで野球など、ずっとスポーツをやってきたので、自分が普通の仕事に就いているイメージもできなくて。ここで競輪選手になることを諦めて、本当に後悔しないかを考えました。せっかくタイムも出ていたので、あと1年だけ頑張ろうと。
Q:お父さんには、「もう1年だけやらせてほしい」と頼んだそうですね。
中畑:重たい空気ではありました。父も「それくらいのタイムだったら受かると思う」と言っていたので、私が落ちたときにはショックを受けていたと思います。それでも最後は、「やりたいならやれ」と言ってもらえました。

Q:受験を続けるなかで、将来への不安はありましたか。
中畑:焦りは結構ありました。周りの友達は就職してお金を稼いでいて、結婚する人もいたので。でも、養成所に受かって、選手になったら逆転できる、と考えてやっていました。
松尾:私も、周りの友達が就職し始めて、不安はありました。ただ、5回目のラストチャンスのときは少し違いましたね。タイムを安定して出せていたので、絶対にいけるという自信はあったんです。その一方で、最後の1回というプレッシャーもありました。不安というより、緊張感がありました。
Q:松尾さんには、試験直前の機材トラブルもあったそうですね。
松尾:4回目の受験の前日検査で、フレームのヘッド部品に小さなひびが見つかったんです。新しい部品を用意しましたが、うまくはまらず交換できませんでした。小倉競輪場の選手にフレームを借りて、なんとか受験できました。
Q:普段と違うフレームで走るのは、不安ではありませんでしたか。
松尾:不安はありました。でも、そのフレームで受けるしかないな、という気持ちの方が強かったです。逆に、それで一次試験に通ったので、自信にもなりました。
その年は二次試験で落ちてしまいましたが、もう1度やろうという気持ちはすぐにありました。家族や友人、練習グループの選手の方々が「強くなった」「一次は余裕でいける」と声をかけてくれた言葉が支えになりました。

Q:浜地さんは、仕事を続けながらの再挑戦でした。
浜地:試験をもう1度受ける気持ちには、すぐに切り替えられました。ただ、仕事の年次が上がると、仕事の内容も増えていきます。より忙しくなるなかで、次の年も同じようにやっていけるのかな、という不安は正直ありました。
Q:実際、仕事と練習は、どのように両立していたのでしょうか。
浜地:駅員という仕事は勤務の形が特殊です。泊まり勤務の時には朝9時から翌朝9時半までの間に、約4時間の仮眠というスケジュールです。立ち仕事が多いので、脚がパンパンになることもありました。残業で帰るのがお昼頃になることもあって、そこから5時間くらい練習して、夜は19時か20時頃には寝て、翌朝6時くらいに起きる、という感じでした。日勤の日も、仕事が終わってからワットバイクをこぐなど時間を見つけて練習していました。
Q:疲労や体調の管理も必要になりますね。
浜地:とにかく移動時間をなるべく削ることと、食事は徹底していました。3食、自分で作って、体調を崩さないような食事を考えていました。
Q:限られた時間で、予定していた練習をこなせないこともあったのでは。
浜地:ありましたね。なので、移動時間の間に練習メニューの予定を考えていました。何時から始めて、何分に終わって、次のメニューを何分からやるか。そういう予定を立てるのは職業柄、得意だったので、分単位で動いていました。
中畑:私も食事管理はある程度していましたが、そこまで厳しいものではありませんでした。食べること自体が好きなので、たまの息抜きになっていました。
本番の試験で大切にしていたこと

中畑:試験当日だからといって、いつも以上のことをしようと思わないことです。3回目は「いつも以上に」と考えてしまって、練習で出せていたタイムを本番で出せませんでした。
4回目に受かった年は、安定してタイムが出るようになっていたので、いつも通りにやれば合格できる、という心境に変わりました。だから「いつもどおり」と思って走りました。
松尾:私も、タイムが出ているときと同じ走りをすることだと思います。緊張しすぎると変に力が入って、思うように走れないので。4回目まではタイムが伸びないことに悩んでいましたが、いいタイムを安定して出せるようになると、不安や緊張もかなり減りました。

Q:気持ちだけではなく、積み重ねた練習が自信になったんですね。
中畑:父には「4回目が本当にもう最後やからな」と言われていました。追い込まれている感じもありましたが、日頃の練習のタイムを見ていたら、いつもどおりにやればいける、という気持ちもありました。
浜地:私も、自分をもっと信頼できるように、日頃から努力することを心がけていました。ただ、仕事をしていると、長い休暇を取って試験を受けるというより、普通の休日に試験がやってくるんです。そのなかでどう調子を合わせるか、ピークの合わせ方はずっと模索していました。
中畑:私は試験の2週間前くらいから、試験を想定した生活をしていました。当日に起きる時間に起きて、走るであろう時間に合わせて体を起こしていくようにしていました。

競輪選手を目指す人、再挑戦を考えている人に向けて
中畑:先のことはどうなるか分かりません。ただ自分がそうだったように、一生懸命やれば最後に報われるかもしれません。目の前の試験を精一杯頑張って、自分の力を出し切ることが、将来につながると思います。
松尾:本番は、1回しか走れないので、リラックスして落ち着くことが大切だと思います。変に緊張しすぎず、タイムが出ているときと同じ走りをしてほしいです。
浜地:時間は有限で、今も進んでいます。だから、その時間を大切にしてほしいです。仕事と両立しながら、全力で毎日を生き抜いたことは、やっておいてよかったと思っています。実際に今、競輪選手候補生としてチャンスをいただけているので。

1度は何もやる気が出なくなり、それでも自転車に乗ってみた中畑候補生。機材トラブルを乗り越えた経験を自信に変え、練習を見直した松尾候補生。仕事に向き合いながら、限られた時間の使い方を考え続けた浜地候補生。
3人が合格までに変えてきたのは、練習の内容だけではありませんでした。周囲の人に相談すること、生活を整えること、本番でいつもどおりの自分を出すこと。これから受験する皆さんにとって、それぞれの経験が、次の1歩を考えるヒントになれば幸いです。