競輪選手になりたい。その思いを胸に日本競輪選手養成所を受験しても、1度で合格できるとは限りません。思うようにタイムが伸びない。練習の成果を本番で出せない。仕事を続けながら、もう1年準備を重ね再挑戦することに迷う。そんなとき、何を考え、次の受験へ向けて何を変えたのでしょうか。

今回話を聞いたのは、それぞれ異なる競技歴を持ち、複数回の挑戦を経て養成所に入所した3人です。練習の工夫から、再挑戦を決めたときの気持ちまで。これから受験する人にも参考になる合格までの経験を聞きました。

松尾元気 候補生

松尾元気, JIK合格体験記, 131回生

24歳。富士見高校出身。中学ではサッカー、高校では自転車競技(ロード)を経験。高校3年生の夏休みから受験に向けた準備を始め、5回目の技能試験で合格。

中畑新之介 候補生

中畑新之介, JIK合格体験記, 131回生

26歳。神戸国際大学付属高校出身。小学生から大学まで野球に取り組む。元競輪選手である父の引退レースを見たことをきっかけに競輪選手を志し、4回目の技能試験で合格。

浜地飛有哉 候補生

浜地飛有哉, JIK合格体験記, 131回生

27歳。京都産業大学出身。高校ではサッカー、大学ではラクロスを経験。JR東海の駅員として働きながら準備し、2回目の適性試験で合格。妹も競輪選手。

競輪選手を目指したきっかけ

JIK合格体験記, 松尾元気, 中畑新之介, 浜地飛有哉 ,131回生

松尾:高校の自転車競技部でロードをやっていました。そこで競輪という競技を知り目指すようになりました。

中畑:自分は父親が元競輪選手です。初めて父親のレースを見たのが引退レースで、その走りを見て、自分もやりたいと思いました。

もともと小学生の頃から野球をやっていて、最初は自転車よりも野球をやりたいという気持ちでした。ただ高校に入って、ちょっと通用しないと感じる部分がありました。父親の影響もあり、自転車のことは頭の片隅に置きながら野球を続けていました。大学でも野球をやっていましたが、競輪選手を目指すことを決めて、切り替えました。

浜地:私は妹が選手で、その走る姿を見て、自分もやってみたいと思ったのがきっかけです。ちょうど私が社会人1年目の時に、妹も選手としてデビューしました。11月に妹のレースを見て、準備を始めました。

浜地飛有哉, JIK合格体験記, 131回生

Q:ご家族は、競輪選手を目指すことをどう受け止めていましたか。

中畑:母親には最初少しだけ反対されました。父の選手時代のレースを見ていたので、やっぱり危ないという気持ちがあったんだと思います。でも、自分がやりたいという強い意志を伝えたら、応援してくれるようになりました。

松尾:特に反対はなく、「頑張れ」という感じで最初から支えてくれました。

浜地:私は親に、「仕事を続けながら試験に受かるなら目指してもいい」と言われていました。ほかの社員と同じように仕事をしっかりこなしたうえで合格できたので、競輪という次の道に進むことへの躊躇や戸惑いはありませんでした。

3回目の受験で見えてきた合格への道

松尾元気, JIK合格体験記, 131回生

Q:受験の準備は、どんなことから始めたのでしょうか。

松尾:高校3年生の夏休みからです。部活で大宮競輪場へ練習に行ったときに選手に話を聞いて、愛好会の存在を教えてもらいました。フレームを準備して愛好会に参加し、月に1回ある記録会でタイムを出すために練習を始めました。

中畑:まずは自分の体に合う自転車を探して、乗ることから始めました。父と話し合って、師匠を紹介してもらいました。当時は岐阜の大学に通っていたので、最初は岐阜の選手に師匠になっていただきました。1年目は大垣競輪場で練習し、2年目からは地元の和歌山に移って、父や練習グループの方々に教わっていました。

浜地:当時は東京駅勤務で、横浜に住んでいました。妹にも話を聞きましたが、自分が住んでいる地域で適性試験の準備ができるところを探して見つけました。元競輪選手の方が営むお店だったので何かしら情報を得られると思い伺いました。ワットバイクのサポートや、垂直跳び、長座体前屈、背筋など試験についてのアドバイスをいただきました。

中畑新之介, JIK合格体験記, 131回生

Q:松尾さんと中畑さんは複数回の受験をしていますが、何回目くらいから合格を意識できるようになりましたか?

松尾:1回目の受験は自分の力を思い知るという感じでした。タイム的に自信がついてきたのは3回目の受験くらいでした。ただ、1kmのタイムは良かったのですが、ハロンのタイムが11秒50をなかなか切れなかったので、ダッシュ力をつける必要がありました。

中畑:事前に記録会なども出ていましたが、2回目の受験までは合格できるタイムではありませんでした。私も3回目あたりから合格が見えてくるようになりました。私は本番に弱いところがあったので、練習から本番を意識するようにしていました。それと、まだ脚が足りていなかったので、脚をつくれる練習に切り替えました。

合格までに取り組んできたこと

浜地飛有哉, 中畑新之介, JIK合格体験記, 131回生

Q:具体的には、どんな練習を取り入れたのでしょうか。

松尾:重いギヤでの上り坂ダッシュや、タイヤ引きです。それまでは軽いギヤでの練習が中心でしたが、重いギヤを使うようになってダッシュ力がつき、ハロンで11秒30以内を安定して出せるようになりました。

中畑:私は4年目にバンクが改修で使えなくなり、街道での練習になりました。上り坂でもがいたり、スピードを高めるために下り坂でもがいたり、ウエイトトレーニングもやりました。パワーとスピードの両方を高める練習に切り替えた、という感じです。

記録が全体的に良くなって、周りからも「体が前より大きくなった」と言われました。ギヤを回すには、ある程度のトルクも必要だと感じました。ウエイトトレーニングや重いギヤでの練習の大切さは、もっと早く知りたかったです。

松尾元気, JIK合格体験記, 131回生

松尾:よくわかります。5回目の受験の年に49×16のギヤを使い、茨城の霞ヶ浦を1周する練習に取り組みました。重いギヤで長距離を走ることで、うまく回せるペダリングのコツをつかみました。踏むというより回すイメージで、硬くなることなく回転しやすくなりました。その感覚を忘れないように、普段の練習でも意識していました。

中畑:私ももともと軽いギヤだと足先だけで回すような感じでした。重いギヤを使い始めてから、大きくキレイに回さないといけないという感覚が身につきました。

浜地飛有哉, JIK合格体験記, 131回生

Q:適性試験で受験した浜地さんは、どんなことに取り組んでいましたか。

浜地:横浜でウェイトリフティングを専門にコーチされている方と知り合う機会があり、ゼロから教わっていました。瞬発力の強化には欠かせませんし、トレーニングに対するマインドセットもできるようになったことは大きな成長につながったと思います。ただ1回目の受験は二次試験で落ちてしまいました。

1回目の試験が終わってから岐阜へ転勤になり、練習環境が全て変わりました。それでも、教わったウェイトリフティングは自分で続けて、ワットバイクも持っていたので、それを使って練習していました。近くに金華山という山があったので、そこを走ることもありました。できることを、できる時間で工夫しながらやっていました。

Q:1回目から2回目に向けて、取り組みを大きく変えたわけではなかったんですね。

浜地:1回目の受験の時から100%合格する自信はありましたし、試験も個人的には合格ラインに近いところまではいけたと感じていました。なので、今までやってきたことをさらに強固にしていくという形でした。自分で考えて、研究して、努力してきたことで記録も向上しましたし、自信も出てきました。ウェイトリフティングを教えてくださった方に「合格できる」と言ってもらえたことも自信になりました。実力がついてきていると、客観的に捉えられたんです。

足りないものを知り、普段の取り組みへ

練習を重ねながら、自分に足りないものを探していく。3人が振り返ったのは、そうした具体的な行動の積み重ねでした。ただ、手応えをつかんだからといって、すぐに合格できたわけではありません。後編では、不合格を受け止めて再び挑戦するまでの気持ちや、練習のスケジュール、本番で力を発揮するために大切にしたことを聞きました。

後編はこちら

【JIK合格体験記】再び立ち上がり、合格をつかむまで【男子候補生・後編】

PHOTO GALLERY