「家族を支えるのは自分しかいない」特別対談① 坂口楓華選手×競輪漫画「MOGAKU」作者・グミマルさん
週刊少年チャンピオンに連載中の『MOGAKU』は、プロの競輪選手を目指す男たちの熱い戦いと成長を描く熱血青春競輪漫画だ。作者のグミマルさんは、作画・グミさんと原作・マルさんのコンビ。そのグミマルさんが、注目の競輪選手2人と対談し、競輪というプロスポーツの魅力について語り合った。1回目は、ガールズケイリン選手で人気・実力ともトップクラスの坂口楓華選手。坂口選手は、「競輪は、他の競技から転向した選手もたくさんいます。別の競技で一度夢を諦めた人でも再び輝くことができるのが、競輪という競技の魅力の一つです」と話している。
グミ:私たちが描いている『MOGAKU』は、父が病死し、母が事故にあってしまった主人公が、母と幼い弟妹の暮らしのため、競輪に人生をかける物語です。
坂口:私も読ませていただきました。恵まれない家庭環境の中、家族のためにがんばる主人公の一成の姿に共感しました。私と重なる部分も多くて、涙が出そうになりながら読みました。

「MOGAKU」主人公の桐生一成
マル:ありがとうございます。まだ漫画は、競輪選手養成所の段階です。競輪にはさまざまなバックボーンの人たちが集まってきて、たくさんのドラマがあるのが面白い。その魅力を少しでも伝えたいと思っています。坂口選手は養成所時代、どんな思い出がありますか。
坂口:私は父から、競輪選手を目指していたけれどなれなかった、という話を幼いころから聞いて育ちました。その父の夢をかなえたい、という思いから、競輪選手を目指しました。でも養成所に入ると、スピードスケートをやっていたり、新体操をやっていたり、いろんな人がいて、私はそんな身体能力のある人に、なかなか追いつけませんでした。何とか追いつきたいと、ひたすら自主練習を繰り返しました。教官から「そんな細い体じゃやっていけない」と言われたのも悔しくて、苦しかったけれど無理やりご飯を詰め込んで体重を増やしました。今は当時より15㎏増えています。私自身、その当時から今にいたるまで、だれよりも努力を重ねたと思っています。もともと能力があまり高くないから、努力の量を重ねるしかない。とにかく量でカバーしました。

養成所時代の思い出を語る坂口選手
マル:リアルな人生という背景が見えるのが、競輪の面白さでもあります。レースを続けて見ていると、そこにストーリーが浮かび上がってきます。前回はこうで、その前はこうだった。選手の人となりを想像しながらレースを見るとまた違った面白さがあります。
坂口:『MOGAKU』を読むと、駆け引きや流れが分かりますし、私自身、改めて気づかされる部分もありました。それがうれしいし、勉強にもなりました。養成所は11か月、同期の人たちが集団生活をします。同期は、それぞれの良さも悪さもよく知っています。一緒に過ごした家族のような関係ですね。家族だから何でも話せるし、勝っても負けてもたたえあうことができます。
グミ:坂口選手は、だれよりも努力を重ねて自転車に打ち込んできたということですが、その努力が報われたと思ったことはありますか。
坂口:やっぱり昨年、ガールズケイリンコレクション取手ステージで優勝し、初めてタイトルを取ったときですね。これまで恋も遊びも犠牲にして、強くなることだけを考え、ひたすら努力を重ねてきました。それが報われた、やってきて良かった、と心から思いました。その試合では、どんなに不利な状況になったとしても、絶対にチャンスはまわってくる、と信じて走り、実際、その通りになりました。
私には屈辱的だと思った試合が2回あります。1回目は2021年ガールズケイリンコレクション松阪ステージ。児玉碧衣選手に次いで2着でした。碧衣さんはゴール後に倒れ込むほどでしたが、私は息も切れていなかった。力を出し切れていなかったことを思い知らされ、アスリートとして情けない、と思いました。2回目は同じ年の12月、初出場したガールズグランプリ。その年を代表する7人の選手による最高の大会ですが、私は何もできずに終わりました。他の選手はこの1本にかけて必死で勝負に挑んでいましたが、私は出られたことだけでうれしいと思ってしまった。その差が恥ずかしかった。こんな思いを2度としたくない。それからさらに自分を追い込むように努力を重ねました。

競輪に対する思いや考えを話し合う坂口選手・グミマルさん
マル:試合を見ていると、いろんな選手がいることが分かります。無理をせずに上位キープを心がける人、とにかく勝ちにこだわる人。坂口選手はやはり勝ちにこだわっているのでしょうか。
坂口:無理をすると落車して大けがをするリスクもあります。だれも落車したいとは思わないでしょうし、私も痛い思いはなるべくしたくない。それでも私は勝ちにこだわり、自分の力で1着をつかみたい、と常に思っています。トップ選手は、常に競輪のことだけを考えているし、頭から離れることはないと思います。私も趣味と言えるものはありませんし、休んでいても自転車のことばかり考えています。私自身トップ選手にようやくなったんだな、と最近感じるようになりました。
マル:競輪選手の中には、いろんな経歴を持った人がいますよね。元市役所職員とか、元プロ野球選手とか。そんな競技はほかにはないと思います。そうした背景を踏まえて見る面白さもありますね。
坂口:そうですね。ボートやスピードスケートから転向してきた選手もいます。自転車ばかり続けてきた人よりも、他の競技から移ってきた人が多いかもしれません。ただ、以前やっていた競技をあきらめた人も、競輪では活躍できる可能性がたくさんあります。他の競技でエネルギーを燃焼しきれなかった人、夢をあきらめた人も、再び輝くチャンスがある、というのが競輪の魅力の一つかもしれません。
マル:競輪を見たことがない人には、ぜひとも一度、競輪場に行って実際に試合を見てもらいたい。間近で見ると想像するよりも数倍速いし、迫力もたっぷり。それから上品ではないかもしれませんが、ヤジも楽しいことがあります。もちろん人をおとしめるような口汚い言葉はいけませんが、中には愛情あるファンのヤジもあります。「おまえしか買わない」などと言う人もいて、そんな心のこもったヤジには、選手たちも頑張れるのではないでしょうか。

競輪漫画「MOGAKU」作画・グミさん(右)と原作・マルさん(左)
坂口:私は結果がだめだったときに「明日もがんばって」と温かい声をいただくこともうれしいのですが、逆に「弱いな」ときつく言われても心に響きます。それだけ私に期待してくれたということですから、「ありがとう」と言いたくなります。良いときも悪いときもファンの言葉は力になりますね。私に対して期待してくれていることが伝わると、すごく燃えてきます。
グミ:最後に、坂口選手が競輪にかけている思いをもう一度聞かせてください。
坂口:トップ選手はみんな言葉遣いも振る舞いも、とてもすばらしい。日頃の人格が成績にも表れるのだと思います。私も人に見られて恥ずかしくないように心がけています。あとは家族の存在でしょうか。家族を支えるのは自分しかいない、という思いでがんばることができました。痛くてもしびれても、足がけいれんするまで自分を追い込むことで、生きているという実感がわいてきます。とにかく努力は決して裏切らない。自分を信じて努力を重ねていく。考えているのはそれだけです。
<対談プロフィール>
■坂口楓華
愛知支部所属。28歳。112期。2025年獲得賞金(11月6日現在)19,696,100円
2024年に念願のビッグレース初優勝を果たす。2021年、2023年、2024年に「ガールズグランプリ」出場。
ガールズケイリンコレクション2024取手ステージ 優勝
優勝記録更新選手(2023年、2024年)優秀選手賞(2024年)
■グミマル(作画・グミさん、原作・マルさん)
週刊少年チャンピオン連載中「MOGAKU」作者グミマル。原作・マル、作画・グミ。秋田書店主催の第16回ネクストチャンピオン新人漫画賞にて新人大賞受賞。「MOGAKU」単行本既刊6巻。
グミとマルは群馬県出身で、小学校・中学校の同級生コンビ。
「MOGAKU」とは――
秋田書店が発行する「週刊少年チャンピオン」で連載中の熱血青春競輪漫画。
父の病死、母の交通事故という家族の危機に新聞配達のバイトで家計を支えていた主人公の一成が、競輪の世界を知り、家族のため競輪学校で個性豊かなライバルたちと奮闘する。
【試し読み】はこちら(チャンピオンクロスのページに遷移します)
https://championcross.jp/series/12f7a77754ba3